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いくそす。~2.5次元で萌と賛美を叫ぶ~

聖書二次創作・キリスト教教派擬人化BL専門サークル「いくそす。」のHP。 腐ったクリスチャン略して腐リスチャンが、腐教(布教ではない)の為に日夜東奔西走するだけの簡単な活動をしています。ここでは主に擬人化BLを置きます。 療養のため各地にはかつき(骨林頭足人)が行ってくれてます。本のご感想はゲストブックか、巻末のメッセージのコードからお願いします。

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じじい
 早いもので、ジジイが死んでから一月がたった。当然ながら、ジャネットの仲間になったジジイに、月命日はない。パウラを呼んだ声があったことも、丈夫で歯並びの悪い笑顔も、面影は写真しかない。


 パウラは、カトリック幼稚園を出たマグダレナと、ジャネットがキリスト教の代表で正統な宗派だと厳しく教えられたおとんの間に生まれた。資産家ではないものの、子宝に恵まれたジジイは、たくさんの子供に英再教育をするだけの金は稼いできたが、仕事は忙しく、家でどんな教育をさせるかは、ババアに任せきりだった。そしてババアは、全ての子供たちに確かな仕事を得る能力と、優秀な家庭を築く能力を与えた。
 ジジイからみれば、ババアの教育は正しかった。
 変わったのは、マグダレナが嫁に入ってからだと思う。
 最初こそマグダレナは、ババアのジャネット教育を受け入れ、遠く離れたパウラ家でもジャネットの仲間を呼び勉強した。おとんは、その頃からジャネットの仲間を家に呼ぶのを嫌がった。やがてジャネットの化けの皮が剥がれると、おとんは激しく怒り、その後、ジャネットの仲間を「正す」活動をも憎んだ。数十年後、おとんは、「正す」活動家からの手紙を、私に見せることなく破り捨てる程である。
 マグダレナは、パウラが生まれてからジャネットの教義に疑問を持った。当時まだ立派な虐待であると司法が認識する前から、マグダレナはパウラを守るためにジャネットの元を去った。
 けれども、何年もジャネットが正しいと信じていたマグダレナが、求道生活を送るのは難しかった。
 幼いパウラは、「かみさまを信じているのに、死んだらおばあちゃんに会えない」と悲しんでいたけれども、それを言ったら神様に裁かれ地獄に落ちると信じていた。宗教を知らない人間とは相容れない「かみさま」の問題に、幼いパウラが悩む度に、マグダレナは教会を変えた。
 そしてその度に、ババアとの衝突が起きた。幼いパウラは、やはりそれを理解できず、漠然とした不安を抱えていた。本家に行ったパウラ一家に待っているのは、見せびらかすようなジャネットの「信仰自慢」だった。
 でもジジイは、我関せずと、パウラたちのことを尊重してくれた。
 ジジイは将棋が強かった。歴史が好きだった。おとんの戦争映画好きは、ジジイが幼い頃連れていってくれた歴史映画の為だと、おとんは良く言った。
 ジジイは、歴史が好きだった。でも、研究者ではなかった。

 ジジイが現場を退き、老後の楽しみはババアと長老と行う研究になった。
 ジジイは、歴史が好きだった。戦争の勝利者が織り成す正義が好きだったのかもしれない。ジジイが変貌してしまうのに、時間はかからなかった。

 二十歳を迎えた年、ジジイは私に「名義貸し」を頼んできた。
 あの優しいジジイが、頭の良かったジジイが、ジャネットのマイブームに乗っかり、小金に目が眩んでしまった。断ると、マグダレナの実家から成る一族に、名義貸しを頼むようにまで行ってきた。このせいで、一時期マグダレナの実家には険悪な雰囲気が漂った。
 けれども、正しいものが正しいものだと言っているものを無邪気に信じるジジイやババアを否定する人はいなかった。
 ジジイはタバコを止めた。孫のパウラが、長生きして欲しいからと頼んでも止めなかったタバコを、あっさりと止めた。ジャネットが嫌いだったからだ。パウラの愛は、ジャネットの教えに敵わなかった。
 ジジイは、内臓を悪くした。タバコを止めるのが遅かったのかもしれない。手術が必要になった時、ジジイは中々手術を受け入れず、病院を探し続け、ついには飛行機に乗った。

 沢山の子供たちが、見舞いに行く。でもジャネットの教義に乗っ取ったおとんの兄弟たちはそのお金がなかった。そのお金は、マグダレナが出した。
 ジジイは手術に望むに当たって、おとんに手紙を出した。そこには、継ぎ接ぎされた聖書の言葉が抜き出され、「この言葉をよく考えるように」と、書かれていた。

 ジジイは余命宣告をされた。パウラは真っ先に、骨を欲しがった。ジャネットは骨を捨ててしまう。墓も泣く、写真だけで死後を忍ぶのは、あまりに寂しかった。何より誰より先に、ジジイに骨をくれるということを約束して欲しかった。ジジイは骨の代わりに、遺言を残した。ジャネットにとりつかれたジジイの最後の言葉は、「聖書をよく読んで、優しい人になりなさい」ということだった。

 ジジイは、聖書によって傷つけられてきた数多の命や尊厳を、最期まで知ることはなかった。
 それでも優しいジジイは、無謀な挑戦を笑わず、挑み続けるパウラを褒めてくれた。そのような人に育てたおとんを褒めてくれた。闘病するマグダレナを褒めてくれた。

 ホスピスに入ったジジイは、直ぐに危篤になった。パウラは新幹線に乗って、ジジイの所に駆けつけた。

 あれはきっと、主の御心だったのだろう。

 パウラの心が視たのは、余りに寂しい風景だった。沢山のおじとおばがいるのに、見ているだけの風景。私は何も言えない。
 寂しい。寂しい。寂しい。
 祈って欲しい。難しい祈りじゃなくていい。心を穏やかにしてくれる優しい歌が欲しい。神様を呼んでほしい。一緒に呼んでほしい。

 ハッと気がついた時、パウラは新幹線にいた。

 ジャネットが嫌いだった。だけどもパウラは見てしまった。余りに寂しい、一人の心細い信者の心を。

 ジャネットは自分達の聖書と歌しか使わない。主はジャネットの歌を探す知恵を下さった。相応しい歌は、一発で出た。

 音を拾うだけのジジイの枕辺で歌う初めての讚美歌。自分を苦しめてきた怪物を讃える歌。

 主は、ご自身の代わりに、ジジイの信じる者を崇拝する歌をパウラに与えた。
 一度だけ、ジジイは呼吸が活発になった。従妹、おば、パウラ、ババア。信者でないパウラが始めたうたの会は、死のその時まで、殆ど休まず歌われた。

 ジジイは、沢山の子宝と、沢山の孫に包まれて、天を見据えて逝った。
 主は、パウラから義憤を奪った。神のために戦う心を奪った。神の愛を伝える心を奪った。
 パウラには、ただジジイを最高の環境で見送る力だけが与えられた。

 主は、葬儀の席で、パウラにそれらを返した。忽ち怒りが湧いてきた。それは、ジジイがジャネットの正式な仲間になっていなかったからだった。

 ジジイは、洗礼を受けられなかったのだ。

 ジャネットの仲間たちで行われた告別式では、如何にジャネットに尽くしてきたか、仲間たちは懐かしむ。

 「僕は洗礼を受けていない長老だ」

 ジジイの口癖を誰もが知っていて、ジジイは本当に長老のようだと誰もが懐かしんだ。
 けれども、彼らは知識を優先し、ジャネットの正式な葬式はしなかった。
 告別式では、信者でないパウラやマグダレナに様々な作法を要求された。穢れなき信徒たちによる、穢れなき告別式は、信者でない親族の追悼の意を穢れとし、拒否した。

 大好きなジジイ。頼もしいジジイ。
 おとんは、親族の新しい長として、霊的な嫡子と共に長になった。
 組織の長は、構成員を否定してはならない。そのような組織は滅ぶ。おとんはそれを分かっていた。沢山のジャネットの仲間の子供たちに、ジジイの遺言通り、信仰に従うように言った。
 彼らは勘違いをした。

 私が好きなのは、ジャネットじゃない。ジャネットのジジイじゃない。けれども、親族は何かとジャネットの仲間になるように、ジャネットの素晴らしさを話すようになった。

 おとんは霊的な嫡子を尊重し、その規律を尊重した。
 おとんは、私の手向けを、偲ぶ心を、退けるように言った。

 ジジイの遺したものは、良いものとは言えなかった。
 ああ、そうとも。分かっていたじゃないか。

 ジジイは、あの日死んでいた。
 私を金蔓にしようとしたあの日から。自分の伝導を受け入れない孫を裁いた時から。

 神様、神様。
 私のただ一人の神様。私が知力の全てを尽くして求める私の飼主。私の主、我が祖父の敵。誉れ高き天の王。
 貴方はきっと知っていた。
 もしも一度に奪ってしまったら、
 もしも本家の良心を奪ってしまったら、
 きっと私はジャネットを憎み続けるのだと。
 だから貴方はひとつずつ奪って行かれた。

 孫の言葉を聞く心を
 孫の人生を計る心を
 孫の信仰を慮る心を

 そして最後に、私にたった一人の、記憶の中にある優しいだけの祖父を返されて、
 そして最後に、命を引き上げて行かれた。

 ジジイへの失望は、ジジイへの絶望を回避するために。
 永久なる祈りを純粋なものにするために。
 あの歌声に私が精力を尽くす、あの僅かな夕暮れの時間の為だけに。
 耐えた私に、穢れなき無垢な祖父を返すために。
 奪って行かれたのだ。祖父を優しく見送る為だけに。

 祖父が遺したものは、ジャネットへの信仰ではなかった。

 主よ、私の主、神なるイエス。
 貴方が是とされたものを、否とする僕が何処に居ましょうか。
 お返し致します。無垢なる私の祖父の心を。
 祖父の信じた神が例え虚構にまみれていたとしても
 他ならぬ貴方が定めたものを、私は否定することなど出来ません。

 感謝のうちにこの告白を終わりにします。

 行ってらっしゃいジジイ。あっちでまた大工でもやっててね。
 

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