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朝、目を覚ましたときは、いつも通りだった。小僧が自分の世話の為に部屋にいて、曰く親父が来ているのだそうだ。正直言うとあまり会いたくなかった。このところ、万事うまく行っていない。うだうだと着替え、親父殿が聖堂にいるというのでそこへ向かう。そろそろ改修工事をしなければならないなと思いつつ、資金が足りなくて中々着工出来ていない聖堂だ。俺が小さいころからある聖堂だから、かれこれ10世紀は立っている。
「随分と遅いな。ミサ(※1)はどうした」
親父はマリア像の前に立っていて、俺が呼びかけると答えもせずにそう言った。
「ここ、今は俺の教会じゃないから」
肩をすくめたが、親父は見ちゃいない。振り向いた親父の腕には、小さな赤ん坊が抱かれていた。
「その子…」
「ああ…。抱いてごらん」
どうせ拒んでも無理矢理にでも抱かせるだろう。俺は素直にその赤ん坊を受け取った。小さくて、可愛いと思うが、同時に俺はこの子供がどういう存在なのか分かった。
「弟か」
「そうだ。一番末の弟だな」
「…下らない」
俺はぐい、とその赤ん坊を親父に返した。だが、親父は受け取らず、逆に俺の頭を撫でた。
「その子に色々教えてやると良い」
「親父、俺は今それどころじゃないんだぜ」
「だがこの子は生まれた。なら育ててやらなきゃな」
「いらない。親父がどうにかしろよ」
この子も何れ、俺に牙を剥くんだろうから。
たくさんの兄弟たちの中で、俺だけが親父の後継者に選ばれた。だがその代償は大きかった。多くの兄弟が俺から離れて行った。
「こいつだって、何れ俺を独りぼっちにするんだ」
「そんなの、育ててみなけりゃ分からないだろ」
「絶対そうだ。皆そうだったんだから」
「それなら、そうならないように育ててみろよ」
「皆がいなくなったのは俺のせいだってのかよ!」
思わず俺が怒鳴り声を上げると、ふぇ、と音…じゃ、ない、声がして、次の瞬間赤ん坊がぎゃあぎゃあと泣きだした。聖堂内は声が響くから、余計五月蠅い。大慌てで聖堂を出て、外にあった棕櫚(しゅろ)の葉を使ってあやしてみるが、泣きやまない。上下に揺らしてあやしてみても、頭を撫でてみても、泣きやんでくれない。
「ほ、ほら、にーやんだぞ、にーやんだぞぉ」
べろべろ、と柄にもない事をやってみるが、赤ん坊は泣きやまない。
「名前つけてやれよ」
「へ?」
「な、ま、え。こんなに体力があるんだ。きっと強い子になるぞ。強そうな名前つけてやれ」
「…サムソン(※2)とか?」
「…女誑しになるぞ?」
「じゃ、ダビデ(※3)もソロモン(※4)も駄目だ。親父が付けてよ」
「うーん、そうだねえ…」
「 」
「なんてのはどうかね」
すると、分かっているのか分かっていないのか、赤ん坊は次第に泣きやみ、さっきまでの大泣きが嘘のようにきゃっきゃっと笑いだした。
「お、そうかそうか。気に入ったかこの名前が。じゃ、お前のおにーやんの名前も覚えろよ」
「おい親父」
「ローマン」
突然、親父が俺の目を見た。俺に跡を継がせてから、久しく見ていなかった眼で、思わずたじろぐ。
「お前が護ってやれ」
「は?」
何から、とは怖くて聞けなかった。
「初代教会(おれ)の先生でさえ、過ちを犯していたんだぜ(※5)。お前が間違えてしまうことも仕方ないよ。それでもお前は、それが間違いだって分かってるんだろ?」
「………。」
「主の山に備えあり(※6)だ。何も気に病むことなんかない。お前には弟が出来た。だからお前は弟を育てればいいんだ。そんなに大したことじゃない。お前が良いと思うものを与えて、悪いと思うことをしたら叱ってやればいいんだよ」
「………うん、分かった」
親父がどこまで俺の状況を知っていたかなんて、今になっても聞かない。けれども、やっぱり親父は親父なんだと俺は思った。
END
これ、擬人化じゃなかったら余所でこさえた子供を自分の子供に押し付ける駄目親の話だよね。
蛇足
※1 ミサ
カトリックの祭儀。歌って祈って最中食べる(この時代設定の時も最中だったかは忘れた)
※2 サムソン
絡み酒の傍迷惑な戦士。デリラという女性にべたぼれした結果、髪の毛を切られて顔が欠けたアソパソマソ状態になり、神殿の柱に押しつぶされた。
※3 ダビデ
英語読みはデイビッド。エルサレム神殿を建設し、偉大な音楽家にして、ジーザスのご先祖様にして旧約時代最低の男。お妾さんを侍らすだけでは飽き足らず人妻の入浴シーンを覗いて一目ぼれし、強引に奪った。
※4 ソロモン
賢王として名高いダビデと人妻の息子。でもやっぱり女には弱くて、女の子の信仰(=異教)を尊重してあげたらゴッドファーザーに大目玉食らった。
※5 初代教会の先生でさえ過ちを犯していた
初代教会時代、大きく分けてジーザスの直弟子(ユダヤ人)と、使徒(異邦人、異教徒)のグループがあった。習慣も掟も解釈も違うので、何かしら摩擦が起こっていた。
※6 主の山に備えあり
古代イスラエル風・『案ずるより産むがやすし』
「随分と遅いな。ミサ(※1)はどうした」
親父はマリア像の前に立っていて、俺が呼びかけると答えもせずにそう言った。
「ここ、今は俺の教会じゃないから」
肩をすくめたが、親父は見ちゃいない。振り向いた親父の腕には、小さな赤ん坊が抱かれていた。
「その子…」
「ああ…。抱いてごらん」
どうせ拒んでも無理矢理にでも抱かせるだろう。俺は素直にその赤ん坊を受け取った。小さくて、可愛いと思うが、同時に俺はこの子供がどういう存在なのか分かった。
「弟か」
「そうだ。一番末の弟だな」
「…下らない」
俺はぐい、とその赤ん坊を親父に返した。だが、親父は受け取らず、逆に俺の頭を撫でた。
「その子に色々教えてやると良い」
「親父、俺は今それどころじゃないんだぜ」
「だがこの子は生まれた。なら育ててやらなきゃな」
「いらない。親父がどうにかしろよ」
この子も何れ、俺に牙を剥くんだろうから。
たくさんの兄弟たちの中で、俺だけが親父の後継者に選ばれた。だがその代償は大きかった。多くの兄弟が俺から離れて行った。
「こいつだって、何れ俺を独りぼっちにするんだ」
「そんなの、育ててみなけりゃ分からないだろ」
「絶対そうだ。皆そうだったんだから」
「それなら、そうならないように育ててみろよ」
「皆がいなくなったのは俺のせいだってのかよ!」
思わず俺が怒鳴り声を上げると、ふぇ、と音…じゃ、ない、声がして、次の瞬間赤ん坊がぎゃあぎゃあと泣きだした。聖堂内は声が響くから、余計五月蠅い。大慌てで聖堂を出て、外にあった棕櫚(しゅろ)の葉を使ってあやしてみるが、泣きやまない。上下に揺らしてあやしてみても、頭を撫でてみても、泣きやんでくれない。
「ほ、ほら、にーやんだぞ、にーやんだぞぉ」
べろべろ、と柄にもない事をやってみるが、赤ん坊は泣きやまない。
「名前つけてやれよ」
「へ?」
「な、ま、え。こんなに体力があるんだ。きっと強い子になるぞ。強そうな名前つけてやれ」
「…サムソン(※2)とか?」
「…女誑しになるぞ?」
「じゃ、ダビデ(※3)もソロモン(※4)も駄目だ。親父が付けてよ」
「うーん、そうだねえ…」
「 」
「なんてのはどうかね」
すると、分かっているのか分かっていないのか、赤ん坊は次第に泣きやみ、さっきまでの大泣きが嘘のようにきゃっきゃっと笑いだした。
「お、そうかそうか。気に入ったかこの名前が。じゃ、お前のおにーやんの名前も覚えろよ」
「おい親父」
「ローマン」
突然、親父が俺の目を見た。俺に跡を継がせてから、久しく見ていなかった眼で、思わずたじろぐ。
「お前が護ってやれ」
「は?」
何から、とは怖くて聞けなかった。
「初代教会(おれ)の先生でさえ、過ちを犯していたんだぜ(※5)。お前が間違えてしまうことも仕方ないよ。それでもお前は、それが間違いだって分かってるんだろ?」
「………。」
「主の山に備えあり(※6)だ。何も気に病むことなんかない。お前には弟が出来た。だからお前は弟を育てればいいんだ。そんなに大したことじゃない。お前が良いと思うものを与えて、悪いと思うことをしたら叱ってやればいいんだよ」
「………うん、分かった」
親父がどこまで俺の状況を知っていたかなんて、今になっても聞かない。けれども、やっぱり親父は親父なんだと俺は思った。
END
これ、擬人化じゃなかったら余所でこさえた子供を自分の子供に押し付ける駄目親の話だよね。
蛇足
※1 ミサ
カトリックの祭儀。歌って祈って最中食べる(この時代設定の時も最中だったかは忘れた)
※2 サムソン
絡み酒の傍迷惑な戦士。デリラという女性にべたぼれした結果、髪の毛を切られて顔が欠けたアソパソマソ状態になり、神殿の柱に押しつぶされた。
※3 ダビデ
英語読みはデイビッド。エルサレム神殿を建設し、偉大な音楽家にして、ジーザスのご先祖様にして旧約時代最低の男。お妾さんを侍らすだけでは飽き足らず人妻の入浴シーンを覗いて一目ぼれし、強引に奪った。
※4 ソロモン
賢王として名高いダビデと人妻の息子。でもやっぱり女には弱くて、女の子の信仰(=異教)を尊重してあげたらゴッドファーザーに大目玉食らった。
※5 初代教会の先生でさえ過ちを犯していた
初代教会時代、大きく分けてジーザスの直弟子(ユダヤ人)と、使徒(異邦人、異教徒)のグループがあった。習慣も掟も解釈も違うので、何かしら摩擦が起こっていた。
※6 主の山に備えあり
古代イスラエル風・『案ずるより産むがやすし』
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