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ああ、ああ、愛しい我が初子よ。なぜお前は殺戮を繰り返す?
オレが悪かったのか。オレは、オレは、ただ―――。
※
「親父、そんなに俺が嫌いなら、もう可愛そうなコニーのとこにでも行っちまえよ」
血塗られた剣は、かつて、オレの仲間の首を断ち切った剣。俺の意志を継がせたローマンは、それを自ら血を分けた双子の弟に向けた。
コンスタンティン・カトリック―――ローマン・カトリックが西の天の王だとしたら、コンスタンティンは東の天の王だ。11世紀始めに、時の権力者達に引き裂かれ、ローマンはたった一人、西の王となった。東の王であるコンスタンティンには、まだ兄弟がいたが、ローマンは一人だった。それがきっと、いけなかったのだ。
でも。
オレにはそれしか思い付かなくて…。どうしてもオレは、護りたかった。安全な信仰が許されるまで、五人の子供を護り通したつもりだったんだ。
誰も血なんて望んでない。ローマンだって同じ筈だ。それでもその剣が、信仰の内に死んでいった神学者の血を吸ったその剣が、血を欲するのは何故だ? あの神学者が生きていたとき、お前たちは助け合っていたじゃないか。
オレのせいなのか? オレは、ただ、護りたかったんだ。信仰の自由を、そして仲間を。だからローマ帝国に身を委ねたんだ。国教として既存のミトラ教を吸収して、国に信仰の自由を認めさせたんだ。
それなのにどうしてお前は―――東ローマ帝国を滅ぼしたんだ? あそこに自分の兄弟がいたことくらいわかってた筈だ。
オレには年の離れた兄と弟がいる。同じ神を奉る兄弟が。なのに息子はそれがわからない。上部の言葉だけに騙されて、本質が見えていない。
天国の鍵を継承させたオレに出来ることは、もう何もない。
「あん? 親父、湯浴みでもするのか?」
「違う」
脱いだ上着は黄ばみ、最早なんの権力も持たない白衣(アルバ)だ。それをローマンの身体にかけ、しっかり抱き締める。だがそれでも、オレの愛は伝わらなかったらしく、鬱陶しそうに舌打ちをし押し返す。それでも強く抱き締め、耳元に唇を寄せる。
仮令戒律が禁じていたとしても、関係ない。オレは息子を愛してるんだ。これ以上血を流させるくらいなら―――。
「オレを壊せ、ローマン。…まだ身体が疼くだろう、破壊を求めて…。何かに当たりたいならオレにあたれ」
「………。親父、それ、意味解ってんのか?」
オレが幼い頃、権力者に付けられた生々しい背中の傷を握りしめられる。血が滲み、最早知識と復讐心という名の信仰にすげ替えられた古傷だ。握りしめる手は震え、戦場の昂りを思い出した身体が思いきりオレの身体を床に叩きつけ押さえ込む。いつの間にか戦場で鍛えられた筋肉は、本来オレ達には無縁のモノだった。
「俺たちが彼の地でどれ程狂暴だったか知ってんのか? ああそうさ、まだ身体が疼くよ。もっと血が欲しい、壊せるものは片っ端から壊したい、そういう奴なんだよ、俺は! アンタが鍵を譲ったのは、そういう邪教の毒麦なんだよ! 悲しいか? 悲しいならなんか言ってみろよ、この骨董品!」
その眼は獰猛で、鼻息も荒く、まさに飢えた鹿のようだった。谷川の血水を求め、牧者を失いさ迷う鹿。それでも俺には、息子は悲鳴をあげているように見えた。
大丈夫だと言ってやりたい。お前は穢いだけじゃないと言ってやりたい。でもそんなことを、この子は求めていない。
今この子が求めているのは、堕落と断罪だ。
「…………好きにしていいのか?」
アルバを脱いで、大分薄くなった胸を広げた。目を血走らせ、まるで飢えた狼だ。元は可愛い羊だったというのに。
否、今でもこの子は羊だ。ただ牧者から離れ、死の谷を歩むことを恐れているだけなのだ。そして今、この子の牧者は良心(オレ)しかいないのだ。欲さずとも命をもお前の為に、投げ出せる、そういう方がいたことを思い出せないくらいに疲弊した―――。
暴力は嫌いだが耐えられない訳ではない。てっきり血に飢えたこの子は俺の胸を剣で貫くのだろうと覚悟していたが、意外や、そっと近づいてきて首に抱き付いてきた。ああそうか、何故気付かなかったのだろう、彼は放蕩息子だということに。かつて、あの方が説かれたように、きつく抱き締める。といっても、オレの細くなった腕では、兵士になってしまった司祭を抱き締めるにはあまりに頼りなかった。
結局オレはまた、大切な人が傷付き嘆き磨り減り、衰退していくのを見る事しかできないのだ。
「………かった」
「ん?」
「俺だって行きたくなんかなかったんだよおおおっ! 俺の先生はパパ様だけだ! スウェーデン国王じゃねえ!」
「そうだな。後にも先にも、ローマン・カトリック(お前)の導き手はローマ教皇、仕えるのは主(しゅ)だけだ」
堰を切ったように泣きじゃくり暴れる身体を抱き締め、こいつらが幼かった頃のように横抱きにして肩を擦る。
もしオレが、迫害に耐えきり、国からの何の保護も求めなかったならば、こうして政治の道具にされることもなかったのだろうか。
否、同じことだ。力ある者が信仰を持てば、何らかの闘争においてオレ達を求める。そして、オレたちはそれに逆らえない。どんなに警告してもだ。そして戦場で彼らは、訳のわからない言葉で同じ信仰を掲げる人々を殺すのだ。時には分かりあえる言葉で話せる人々とも。
「政治なんか嫌いだ! 権力なんて嫌いだ! なのに仲間を護る為にはそれしかないんだ! どうしたら親父みたいに…なれるんだよぉ……」
しゃくりあげながら、ずるずる泣くローマンの頭を抱いて、深く後悔した。
オレは安全になったと勘違いして天国の鍵を渡してしまった。その先にある試練の事など考えなかった…。
今、オレの息子達が苦しんでいるのは、オレの所為だ。
※
オレの膝の上で泣きつかれて眠ったローマンを壁にもたれ掛からせ、そっと右薬指の指環を抜いた。世界にたった一つの指環。持ち主(先生)の数だけある、教会(オレ)との繋がりの指環だ。
「少し、借りるからな。必ず返すから良い子にして寝てるんだぞ」
盲人のように迷うことのないように、額に十字を切り、オレは身支度を調えた。
アルバを腰ひも(チングルム)で締め、赤いストラを首から垂らし、外套(カズラ)をその上に被る。何処からどう見ても、最高位の聖職者だ。帽子は…まあ、仕方ないか。オレには馴染みの無いものだしな。
馬を駆り、向かうは最愛の息子を傷つけたあの男の下。
オレは天の王にしか仕えない。地上の王も道端の乞食もオレには等しい存在だ。家と家とに挟まれ振り回されることもない。第一オレは、既に地位を継がせた、文字通りの骨董品だ。だがその骨董品にも、付加価値があることもある。つまり、それは息子達の源流がオレだと言うことだ。即ち我ら普遍の信仰の一族の、原点にして頂点。
オレを自分だけが独占したと思うような輩は必ず滅ぶ。遅かれ早かれ、オレの真の主を見極められなかった者は、奪われ壊され絶望の中を死んでいく。逆もまた然り、オレがその他大勢のモノだと理解した人間は、例え眠り続ける身となりても希望に生きる。
スウェーデン国王エリク9世―――貴様は、どちらだ?
続く
オレが悪かったのか。オレは、オレは、ただ―――。
※
「親父、そんなに俺が嫌いなら、もう可愛そうなコニーのとこにでも行っちまえよ」
血塗られた剣は、かつて、オレの仲間の首を断ち切った剣。俺の意志を継がせたローマンは、それを自ら血を分けた双子の弟に向けた。
コンスタンティン・カトリック―――ローマン・カトリックが西の天の王だとしたら、コンスタンティンは東の天の王だ。11世紀始めに、時の権力者達に引き裂かれ、ローマンはたった一人、西の王となった。東の王であるコンスタンティンには、まだ兄弟がいたが、ローマンは一人だった。それがきっと、いけなかったのだ。
でも。
オレにはそれしか思い付かなくて…。どうしてもオレは、護りたかった。安全な信仰が許されるまで、五人の子供を護り通したつもりだったんだ。
誰も血なんて望んでない。ローマンだって同じ筈だ。それでもその剣が、信仰の内に死んでいった神学者の血を吸ったその剣が、血を欲するのは何故だ? あの神学者が生きていたとき、お前たちは助け合っていたじゃないか。
オレのせいなのか? オレは、ただ、護りたかったんだ。信仰の自由を、そして仲間を。だからローマ帝国に身を委ねたんだ。国教として既存のミトラ教を吸収して、国に信仰の自由を認めさせたんだ。
それなのにどうしてお前は―――東ローマ帝国を滅ぼしたんだ? あそこに自分の兄弟がいたことくらいわかってた筈だ。
オレには年の離れた兄と弟がいる。同じ神を奉る兄弟が。なのに息子はそれがわからない。上部の言葉だけに騙されて、本質が見えていない。
天国の鍵を継承させたオレに出来ることは、もう何もない。
「あん? 親父、湯浴みでもするのか?」
「違う」
脱いだ上着は黄ばみ、最早なんの権力も持たない白衣(アルバ)だ。それをローマンの身体にかけ、しっかり抱き締める。だがそれでも、オレの愛は伝わらなかったらしく、鬱陶しそうに舌打ちをし押し返す。それでも強く抱き締め、耳元に唇を寄せる。
仮令戒律が禁じていたとしても、関係ない。オレは息子を愛してるんだ。これ以上血を流させるくらいなら―――。
「オレを壊せ、ローマン。…まだ身体が疼くだろう、破壊を求めて…。何かに当たりたいならオレにあたれ」
「………。親父、それ、意味解ってんのか?」
オレが幼い頃、権力者に付けられた生々しい背中の傷を握りしめられる。血が滲み、最早知識と復讐心という名の信仰にすげ替えられた古傷だ。握りしめる手は震え、戦場の昂りを思い出した身体が思いきりオレの身体を床に叩きつけ押さえ込む。いつの間にか戦場で鍛えられた筋肉は、本来オレ達には無縁のモノだった。
「俺たちが彼の地でどれ程狂暴だったか知ってんのか? ああそうさ、まだ身体が疼くよ。もっと血が欲しい、壊せるものは片っ端から壊したい、そういう奴なんだよ、俺は! アンタが鍵を譲ったのは、そういう邪教の毒麦なんだよ! 悲しいか? 悲しいならなんか言ってみろよ、この骨董品!」
その眼は獰猛で、鼻息も荒く、まさに飢えた鹿のようだった。谷川の血水を求め、牧者を失いさ迷う鹿。それでも俺には、息子は悲鳴をあげているように見えた。
大丈夫だと言ってやりたい。お前は穢いだけじゃないと言ってやりたい。でもそんなことを、この子は求めていない。
今この子が求めているのは、堕落と断罪だ。
「…………好きにしていいのか?」
アルバを脱いで、大分薄くなった胸を広げた。目を血走らせ、まるで飢えた狼だ。元は可愛い羊だったというのに。
否、今でもこの子は羊だ。ただ牧者から離れ、死の谷を歩むことを恐れているだけなのだ。そして今、この子の牧者は良心(オレ)しかいないのだ。欲さずとも命をもお前の為に、投げ出せる、そういう方がいたことを思い出せないくらいに疲弊した―――。
暴力は嫌いだが耐えられない訳ではない。てっきり血に飢えたこの子は俺の胸を剣で貫くのだろうと覚悟していたが、意外や、そっと近づいてきて首に抱き付いてきた。ああそうか、何故気付かなかったのだろう、彼は放蕩息子だということに。かつて、あの方が説かれたように、きつく抱き締める。といっても、オレの細くなった腕では、兵士になってしまった司祭を抱き締めるにはあまりに頼りなかった。
結局オレはまた、大切な人が傷付き嘆き磨り減り、衰退していくのを見る事しかできないのだ。
「………かった」
「ん?」
「俺だって行きたくなんかなかったんだよおおおっ! 俺の先生はパパ様だけだ! スウェーデン国王じゃねえ!」
「そうだな。後にも先にも、ローマン・カトリック(お前)の導き手はローマ教皇、仕えるのは主(しゅ)だけだ」
堰を切ったように泣きじゃくり暴れる身体を抱き締め、こいつらが幼かった頃のように横抱きにして肩を擦る。
もしオレが、迫害に耐えきり、国からの何の保護も求めなかったならば、こうして政治の道具にされることもなかったのだろうか。
否、同じことだ。力ある者が信仰を持てば、何らかの闘争においてオレ達を求める。そして、オレたちはそれに逆らえない。どんなに警告してもだ。そして戦場で彼らは、訳のわからない言葉で同じ信仰を掲げる人々を殺すのだ。時には分かりあえる言葉で話せる人々とも。
「政治なんか嫌いだ! 権力なんて嫌いだ! なのに仲間を護る為にはそれしかないんだ! どうしたら親父みたいに…なれるんだよぉ……」
しゃくりあげながら、ずるずる泣くローマンの頭を抱いて、深く後悔した。
オレは安全になったと勘違いして天国の鍵を渡してしまった。その先にある試練の事など考えなかった…。
今、オレの息子達が苦しんでいるのは、オレの所為だ。
※
オレの膝の上で泣きつかれて眠ったローマンを壁にもたれ掛からせ、そっと右薬指の指環を抜いた。世界にたった一つの指環。持ち主(先生)の数だけある、教会(オレ)との繋がりの指環だ。
「少し、借りるからな。必ず返すから良い子にして寝てるんだぞ」
盲人のように迷うことのないように、額に十字を切り、オレは身支度を調えた。
アルバを腰ひも(チングルム)で締め、赤いストラを首から垂らし、外套(カズラ)をその上に被る。何処からどう見ても、最高位の聖職者だ。帽子は…まあ、仕方ないか。オレには馴染みの無いものだしな。
馬を駆り、向かうは最愛の息子を傷つけたあの男の下。
オレは天の王にしか仕えない。地上の王も道端の乞食もオレには等しい存在だ。家と家とに挟まれ振り回されることもない。第一オレは、既に地位を継がせた、文字通りの骨董品だ。だがその骨董品にも、付加価値があることもある。つまり、それは息子達の源流がオレだと言うことだ。即ち我ら普遍の信仰の一族の、原点にして頂点。
オレを自分だけが独占したと思うような輩は必ず滅ぶ。遅かれ早かれ、オレの真の主を見極められなかった者は、奪われ壊され絶望の中を死んでいく。逆もまた然り、オレがその他大勢のモノだと理解した人間は、例え眠り続ける身となりても希望に生きる。
スウェーデン国王エリク9世―――貴様は、どちらだ?
続く
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