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だんだんごちゃごちゃ言ってますが、萌えればなんでもいい
ヴォルフの演説は、ドイツ国民を心酔させているように見えるが、それは統制が強ければ強いほど、反発勢力が強いという意味である。街へ出ると、こっそりと過ごすユダヤ人達が、俺を恨めしそうに見ていた。分かるんだろうな、俺の存在が、少なからずユダヤ人迫害に加担してるということを、本能で嗅ぎとっている。
今日において、ユダヤ人に対するヘイトスピーチは、ユダヤ人という血統ではなく、その政治的な思想にシフトしていた。俺は政治はさっぱりわからないが、ユダヤ人として生まれたカトリック教徒もいるので、ユダヤ人というカテゴリの特殊さは少しは理解していた。
つもりだった。
「…?」
アパルトメントに戻る途中パン屋に寄った。パン屋から出た時、なんとも言えない不愉快な空気が、俺の背中にこびりつくのを感じた。
誰かに見られている。それも、明確な悪意を持って。
俺はうまくドイツ社会に紛れていたつもりだけに、相手がただものではないのか、それとも相当な憎悪によって見つけ出されたのか、どちらかだと考えた。その気になれば、建物を通過することは何ともないが、如何せんここは信仰の自由がない。俺のできることは限られている。なるべく人の足で撒こうと、ひょいっと路地裏に入り、全速力で駆け抜けた。
くすくすくす。
俺の中に得体の知れないものへの恐怖が少なからずあることを悟られたらしく、複数の笑い声が追いかけてくる。この感じ、人間だけじゃない。俺と同種の存在が、向こうに組みしている。
ドイツは宗教改革が、運動として広まった地、マルティン・ルターの国だ。この国ではルターの教えを受け継ぐルーテル・プロテスタントが、カトリックと拮抗して権威を持っている。俺と敵対している者で、となると、彼女しか思いつかない。
愛しい我が弟マーティンの妹。金の動かし方を知らないボンボンの考えを受け継いだ聖職者。
俺が彼女へ持ってる印象といったら、それくらいだ。
アパルトメントが見える頃には、流石に誰もいなかった。ホッとして鍵を開け、後ろ手にドアを閉める。パンをキッチンに置いて、寛ごうとリビングへの扉を開けようとした時、突然後ろからひゅっと何かが首に巻きついた。
「な、て、てめぇ、ひそんで…!?」
馬鹿な、気配なんてなかったはず。俺が認知できない人間の気配なんて―――。
答えを出す前に、俺の意識は途切れた。
―
にーやん、にーやぁん…。
泣いている声がする。マーティンを留守番させてたんだった。この所、聖堂の立て直しの関係で、罰金の額が安定していない。あの当時の教会は、海を渡り、開拓をし、肌の違う人間の扱い、神の概念を持たない民族の扱いと、慌ただしかった。俺も留守をすることが多く、親父に預けられた弟の面倒もろくに見れていなかった。それは自覚している。
「どうしたマーティン、今帰ったぞ」
「わぁぁーーん!!! どこいってたの、うそつきうそつき、きょうはぼくとマリアさまのべんきょうしてくれるって、いったのに!!」
自習していたらしいマリア神学の本を胸に抱いて、寂しかったと弟は泣いた。抱きしめて、ごめん、ごめん、と、繰り返すうちに、俺の胸が小さく圧縮されていく。
「にーやん? …どうしたの、にーやん」
「…さみしいよ…な。ひとりで…勉強するの」
「なんで泣いてるの?」
「…なんでも、ないよ。寂しかったな。ごめん」
抱きしめた弟の体は、少し前よりも大きく、見た目よりも体幹がしっかりしていた。成長しているのだ。だが俺にはわからない。
この子は、将来俺にとって何になるのだろう?
友好的な弟分?
優れた神学体系の祖?
抗議者(protest)?
きっとこの子は、今伝聞に聞く教会組織への敵対者を纏める存在になるのだろう。どんなに俺が愛情を注いでも、叱咤しても、この子が巣立つとき、俺はこの子に否定される。それが分かっているのに、親父はこの子を育てろと言った。
反乱分子を、自らの手で育てろと。
どんなに教会が世間を統治しても、この子はすくすくと育つ。この子の巣立ちは時間の問題で、俺のいかなる努力も、この子の成長を妨げなかった。
そして、あの日が―――。
「ひっ!!!」
「あら、お目覚め?」
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