"萌え文"カテゴリーの記事一覧
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日本ではクリスマスに、小さなレモンをバスルームに飾り、かぼちゃを食べるらしい。
始めて聞いた時は一体どんな美白効果があるのだろうと思ったが、実際に見て納得した。これはユズというもので、体を暖める効果があるのだという。
そういえば兄の家では、昨今消費エネルギーを抑えているらしい。自分も真似しようと、文字通り知恵を絞ったらこの有り様だ。
「うう…」
「うーん、良い香りだ…ぷぷ」
「あにうえさまのいじわる」
がっくりとコンスタンティンはうなだれて、ピリピリと刺すように痛む自分のデリケートゾーンを見下ろした。コンスタンティンの項からは、スッキリとした柚の良い香りがする。くんくん、すんすん、とローマンは弟の身体に鼻先を近付けていたが、ついに我慢できなくなり、ゲラゲラと笑い転げた。
「そりゃ柚湯を教えてくれたのは良いけど、こんな副作用…教えてよ!」
「だってまさか絞るなんて思わなかったし!」
「だって香りが薄く感じたんだ」
「そりゃただの慣れだ」
「お湯冷めて来てたし」
「長風呂だもんな」
「ユズはあったまるって!」
「嘘じゃねえ」
「…東一恐ろしいサンタを呼んでやる」
ローマンもコンスタンティンも、日本には長くいるが、お互いに顔を合わせる機会は無いに等しい。たまの会食で顔を合わせることこそあるものの、プライベートこそ彼ら宗教家の職場なのだから。
ローマンが東方より早いクリスマスをごく個人的に一緒に過ごそうなどというので、まあ多忙極まる兄に慰みをと思い、勧められるままに浴槽に入り―――今に至る。
「ピリピリする…」
「ほれ、酸いぶどう酒」
「チューハイだろ!」
乱暴に乾杯をして、水と変わらないぶどう酒、もといチューハイを一気飲みする。兄の周りには既に沢山の空き缶。明日のクリスマスミサには抜けてケロッとしているのだから、慣れとは恐ろしい。
「世の中さぁ」
「うん」
「この時期になると自殺が増えるのよ」
「…そだね」
それは事実だった。平素でも、週末は自殺が増える。その理由は。
「寂しいからだそうだ」
兄には似合わない言葉だ。
「仕事や学業から離れた時、自分の周りに誰もいないことを嫌という程見せつけられる。世界中の人間たちが当たり前に持っている絆が、自分にはない。…そう思うんだそうだ」
「まさか兄上様、寂しいから忙しい僕を呼んだの?」
「そうだ」
「よろしい、ならば戦争だ。うぉりゃあ!」
神妙な顔をするローマンに、コンスタンティンが指をくねらせ襲いかかる。彼の弱点は自分と同じだ。脇腹に手を当て、上下に激しく動かす。これまたゲラゲラと笑い転げたローマンに、寂しさなど微塵も感じられない。
「冗談冗談! 逆だ逆! 寂しくならないから呼んだの!」
「神に祈る間をやろう」
笑って酔いが回ったのか、ローマンはぼんやりと半分目を閉じながら、両手を広げた。
「おお主よ! どうぞこの未熟者の羊飼いをお許しください! わたくしはこの一年、考えても考えても寂しくなどなりません。この罪を分かち合い、許しを請う許可を!」
「兄上様、いろんなマンガ知ってるね」
「若い子が教えてくれた」
そうだろう。自分達には無駄な遊びに費やせる時間もお金もない。
「まあ僕も似たようなもんだけど…。つまり今夜の宴は、鎮魂と祈りの宴なわけだね」
「そ。どうせお前も、クリスマスや正月1人ぼっちでも寂しくないだろ?」
「そうだね。確かにそれは僕らが人に寄り添って行かなきゃならない以上、よくない事だ」
「だろ?」
傾けられた発泡酒の缶を鳴らす。侘びしい安酒の音がした。
MerryChristmas
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とぽとぽとぽ、と酒が注がれるのを黙ってみる。お酌をしてくれるのはありがたいのだが、どこかに俺に水を進めてくれる気の付く娘はいないものか。そう思ってあたりを見回したが、娘息子たちは皆各々宴を楽しんでおり、無理そうだ。
…否、どこもかしこが楽しんでいるわけではないらしい。1か所だけ、1人が正座をし、1人が腕を組み仁王立ちしているわかりやすい光景があった。そっと
近づいてみると、正座している方は、はい、はい、と頷いている。
「大体ねえ兄さん。世界に今いくつ戦争している国があると思うの? 今でもその諍いが続いていたり柵があるところがどれくらいあると思う? そう軽々しくネタにしていいことじゃないって初めから僕言ってたよね? 何生き生きとノリノリになってんの? バカなの? 死ぬの?」
「はい、はい、反省シテマス」
どうやらマーティンは、ローマンが意気揚々と今回のバカ騒ぎに乗ったことが気に喰わないらしい。皆を説得するのに苦労していたそうだから、仕方がないだろう。特にジャネットを説得するのは大変だったようだ。メソジストがカメラマンとしてなら参加してくれると譲歩するまで、その労力を考えると気持ちもわかる。メソジストはよく好戦的と言われてしまうので、何事も平和にしたいようだったし、いくら単なるお遊びと言えど、剣を持って血を流す場面にはいたくなかったのだろう。
「まあまあ、マーティン兄弟、それくらいにしましょうよ。折角のパーティなんですから」
「うにゃ」
「カルヴァンは兄さんに甘いんだっ! ルーテルもなんだかんだ言ってすごく乗り気だったし!」
「ルーテル姉妹はローマン兄弟と何かすることが楽しいだけなんですよ。久しぶりに身体を動かして、実際楽しかったじゃないですか?」
「カルヴァンなんて首から下だけの出演だったじゃないか」
「ボク、別にそれでもいいですよ。ねえそうでしょう?」
そういってカルヴァンが話を振ったのは、彼の息子であるバプテストだった。今は母カンタベリーと談笑している。こちらに気が付くと、母と一緒に向き直る。
「何の話? お父様」
「ボク達、首から下だけだったけど、楽しかったよね」
「はい、楽しかったですよ。…お母様左手しか出ていなかったけど」
「あら、私も楽しかったわ。いつも優しいお話しかしないからね」
「別にクリスチャンが、ホラーやスプラッタを見ちゃいけないっていう決まりはないし」
バプテストは本当に気にしていないのか、グラスのスコッチを飲み干し、お代わりを注ぎに行った。
「………でも、今回大分気合い入れた分、今までの奴とか見るに堪えな…」
「やめたげてよう!」
さすがにそれ以上はかわいそうなので、止めに入った。いつでも全力投球しているのは事実なのだ。頼みの綱であるオレが話に入ってきたので、ローマンは俺の腰に抱きつく。酒がこぼれそうになった。
「ひっでーんだぜ、親父! 今回俺たち頑張ったのにマーティンがいぢめるんだっ!」
「い、いじめてないでしょ! 僕は宗教家として平和への道を歩くには、戦争表現はふさわしくないと…」
「お前『不正な管理人のたとえ』知らないのか!?」
「度が過ぎるっていうんだー!」
指を指し合い、頬を赤く染めながら喚く兄弟2人は、見ていてとても安心する。どちらがけがをしないかなど、考えなくていいからだ。俺は笑って言ってやった。
「今日はそういう遊びの日なんだから、いいじゃないか。ただし普通の日にやっちゃだめだぞ。不謹慎とジャネットが黙っちゃいない」
「そういえばジャネットは? あいつ見かけないけど」
「ああ、あの子なら『早くこれを編纂しなくちゃ!』って飛び出していったぞ。マーティンも上手く言ったもんだな、『編集技術はお前が一番』なんて」
「いや…僕は別に…」
言いよどんだということは他意があったのだろうが、まあいいか。
「でもですね、父上! 自分は呈したいであります! 自分は悪くないのであります。戦争というものはひとえに宗教だけの問題ではないのでありまして…」
「メソジスト、素が出てるぞ」
後ろから大きな筋肉の塊が抱きついてくる。そうだ、こいつは泣き上戸だった。ささっと子供たちが離れていく。こうなったら俺が話を聞いてやるしかないだろう。
「自分は別に! 戦争が好きなわけじゃないのであります! 戦争をしたのが自分の仲間だっただけなのであります!」
「はいはい、わかったから座ろうか」
「ぐすっ…理不尽なのであります…。自分たちはテオフィロ(変人)かもしれませんがパリサイ人(浮いた人)ではないのであります! 父上理不尽なのでありますうううううう!!!」
「あいだだだだだ!! ギブギブギブ! 今更迫害とかやめて!」
めきめきめき、と締め上げられる。どこかで見た光景だなあ、と子供たちの視線が遠かった。
―――
メソジストのキャラはこっちが素。普段は頑張って溶け込んでる。でも本音は結構かわいい感じに極端。
え? パウラの知ってるメソジストさん? もちろんいい人ですよ、たくさんお菓子をくれます← -
歳末はいつだって、どこも忙しい。たとえそれが寺だろうと神社だろうと、クリスマス時は一般人向けのイベントがあったり、年末調整やらで忙しくなるのだ。
では本家である教会ではどうなのかというと、実を言うとあまり盛り上がらない。汚らしい家畜小屋で、人知れずお生まれになった神の子を思い、慎ましく忍んでお祝いをする。信徒たちが手作りの巻き寿司や稲荷寿司、赤飯、ケーキ、果物を持ち寄り、教会のキッチンでスープを作る。
しかし齢の低い者たちは、クリスマスこそ祝うべきではないと考えるものもいくらか存在する。彼らは聖家族がそうだったように、まさしく質素に、贅沢もしないで、祈りと賛美に一夜をささげるのだ。
…しかし、どんな集団にも例外と言う者はいる。クリスマスを全く祝わない、むしろ喜ばしい日ではないと考える者もいるのだ。
彼女にとってクリスマスは忌日。唾棄すべき異教徒の習慣である。その日も年末特番もクリスマス特集も見ず、聖書の研究に明け暮れて一日を終えようとしていた。ちなみに、彼女は正月も気にしないので、年賀状に追われたりすることもない。まさしく、研究日和だったのだ。
ところがもう9時を過ぎるころ、もうよい子は寝る時間だと聖書を片づけていると、インターホンが鳴った。こんな時間だから押し売りではないだろう。もしかすると、兄弟姉妹になにかあったのかもしれない。カメラ越しに確認すると、なんとそれは最愛の父ではないか。
驚いて、スリッパも履かずに外に飛び出す。父は両手に大切そうに何か携えて、マフラーに顔半分をうずめている。
「お父様! どうしたんですか、こんな夜遅くに!」
「ジャネットにお裾分けがあってな」
ジャネットは少し顔をゆがめた。嘘のつけない素直な父が、こそっと見た視線の先に、明らかに不審な人物がいるからだ。
父のお裾分けは、幼女が食べきるには十分すぎる量のフルーツケーキ。おそらく2、3人分はある。ブルーベリー、レーズン、ラズベリー、マーマレード…ぱっと見た感じではそれくらいだった。なんとなく目論見がわかったが、貰ったものは受け取らなければならないし、何よりも父のくれた物を邪険にするなど考えられない。
「明日研究があるからその時にみんなで食べますね。…でも、年末年始のお祝いは来年からは要らないですから」
「俺、一応一生懸命やっ…」
「でもお父様のケーキなら毎日でも食べます」
「そっかそっか。それじゃあ風邪に気をつけてな。お休み」
父は幼い娘の額にキスをすると、ぶるぶる震えながら足早に家を後にした。
※
「…ウソは言ってないよな?」
「勿論ですお兄様。一生懸命私たちに協力してくださいました」
「持って行っただけだけどね…。ケーキ焼いたの僕たちだし。悪知恵が働くねぇ兄さんも」
「何を言うマーティン。妹を友とした結果だぞ」
雪がうっすらと積もってきた木の陰から、にゅにゅにゅ、とローマン、カンタベリー、マーティンが頭を出す。反対側の木の蔭から、これまたにゅにゅにゅ、とコンスタンティン、ルーテル、カルヴァンが頭を出した。
「そうだねえ、兄上様はいつでも博愛主義だから」
「コンスタンティン兄弟が言うと皮肉にしか聞こえないわ」
「まあまあ、ここは日本風のクリスマスにのっとったってことでいいじゃないですか。ねえツーくん」
「うにゃ」
カルヴァンの腕に抱かれたツヴィンクリは、肯定のような欠伸のような返事をした。
息子たちの元に戻った父は、そうだぞ、とその言葉を継ぐ。
「俺だってびっくりしたぞ、お前たちが『俺の代わりにジャネットにクリスマスプレゼントを渡してくれ』って雪の中裸足でお願いに来たんだから」
「ち、違うっ! 親父、あれは俺が水たまりにはまったからだって言ったじゃん!」
「そうだよ父上様。兄上様は足元がわかんなくなるくらいに必死だったんだよ」
「ごるぁ、コニー!」
真っ赤になってローマンはコンスタンティンを追いかけだした。せっかく隠れていたのに、衆人の目が集まっている。あーあ、と、カンタベリーはため息をついた。
「お兄様たちってどうしていつもこうなのかしら」
「あら、私たちの兄なのよ、これくらいじゃなきゃ。そんなことよりベリー兄弟、まだ私の家にケーキがあるのよ、持っていってくださらない?」
「あら本当? ならお伺いしますわ、ルーテルさん」
行きましょうそうしましょう、と女性二人は勝手に盛り上がり、それじゃあね、とさっさと別れてしまった。
「やれやれ、ルーテル姉妹のまっすぐな所は相変わらずですね」
「いやあ、あれはまっすぐっていうか…」
「マーティン兄弟もそう思うでしょう? ねえ、ツーくんもそう思うよね」
「うにゃ」
「だって父さんの前なのに…。…あれ、父さん?」
マーティンがひらひらと手を振ると、父はゆるみきった頬を引き締めた。兄弟喧嘩に永く付き合わされてきた父は、ああして兄弟で戯れていることが何よりうれしいのだ。何よりも、彼らがあの小さな妹にクリスマスケーキをなんとか受け取ってもらいたいという、彼女からみれば迷惑極まりない行為に団結したことがうれしいのだ。
「よっしゃ! 今日は特別に、俺の食卓に座ろう、3人で!」
「えー!? い、今から!? 僕ハニーが…」
「いいじゃないですか、マーティン兄弟。お父さんがパンを裂いてくれるんですよ。勉強になります」
「よし、決まりだ! お前たちは呑まないから、飲み屋は無しだな…。ちょうど仲間のやってる小料理屋があるから、そこ行こう。ほれ!」
そう言って、父は両手をこちらに差し出した。マーティンは何をしているのかわからなかったようだが、カルヴァンはすぐに察したようで、片手で父の手を握った。冷えた指先はカルヴァンの掌の中で、脈打っている。
「い、嫌だよ! いい年なのに!」
「そういう空気読まないこと言わないの! さあさあ、私の愛する子、いざ行かん、夜の街へー!」
「おっきな声ださないで!」
きゃっきゃっと楽しそうなカルヴァンと父に引きずられながら、マーティンは愛する嫁と姑と娘のいる我が家に電話をかけた。
―――
教会では伝統的に、クリスマスは、イブの夜~クリスマスの日没まで。クリスマスの日の夜はもう次の日扱い。 -
16世紀のある晩。
その日、明日に控えた『大事』に備えて、僕は早く寝るようにと言われていた。きっと明日はとても疲れるだろうから、と。
今まで兄がこんな生臭く息の荒い世界に住んでいたのだと思うと、本当に同情はできる。けれど、弁護はできなかった。
兄は道をたがえた。そして僕はそれを正さなくてはいけない。
たくさん血が流れるだろう。それを必要悪とは思わない。本来ならば避けなければならない。けれど、避ける方法が分からない。
僕はあまりにも、幼い。
※
燭台に照らされた廊下が不気味に伸びている。向かうのは兄の私室だ。僕が兄から自立したいと言うと、少し寂しそうな顔をしつつも、兄は部屋を離してくれた。
ドアをたたくと、反応がない。もう一度ドアをたたき、兄を呼ぶ。
「兄さん?」
「今出るよ、少し待ってろ」
いつも通りの柔らかい口調で、兄が答えた。どうやら夜の祈りを邪魔してしまったらしい。ドアを開けた兄は、もう寝る支度を整えていた。
「祈りの邪魔だった?」
「いや、今ちょうど終ったところ」
だから一度目に反応がなかったのか、と勝手に解釈しておく。
「あの…えっと、さ。今夜、一緒に寝てくれないか」
「ほえ?」
ぱちぱち。ぱちくり。
兄が大きく瞬きをした。そして次に、プッと吹き出し、ククククッと笑った。
「な、なんだよ! お前その年で夜が怖いのか!?」
「い、いいじゃないか! たまたま心細い夜だってあるだろ!?」
「あははは、全然構わないさ、おいで」
今だからこそわかる。兄は本当に僕を信用して、信頼して、僕に寄り頼んでいる。元々同じ父から生まれ、同じように時を生きてきた。
兄は生臭い血と思惑と政治の海の中に。弟は、沈んだ兄の身体を引き上げるために湖面に足をつけている。僕は海の中を知らないし、海の中をのぞいたこともない。
僕は、ずっと祈りに明け暮れ、聖書を読み、学び、研究していればよかったのだから。
世の中がお金で動いていることは知っていても、たくさんのお金を集めるための手法を僕は知らなかった。
「シングルベッドだから狭いぞ?」
「うん、いいよ」
「しかしお前なんて、俺よりずっとしっかりしてるくせに…。やっぱりまだまだおにーやんが必要なんだなぁ」
あっけらかんとした兄の笑顔が、心に刺さる。燭台の炎が遠くてよかった。兄がベッドの準備をしながら、俺さあ、と唐突に言ってきた。
「実は、不安なんだ」
「え、何が?」
「お前がどっかに行っちまう気がして」
ビクッ!
僕は心臓をわしづかみにされたように息をのみこんだ。
「前は何でも、おにーやんおにーやんて俺の周りを…」
兄さんが何かを言っている。でもそんなことはどうでもよくて、僕はつい、兄さんに呼びかけ、強く抱きついた。わずかに僕のほうが小さい。兄の耳が、僕の目の前にある
。
「僕たち主の名において一つだ。パウロだってそう言ってるじゃないか」
「…そうだな。大丈夫だ。お前はいい子だし、よく祈っているし、よく聖書も読んでいるし」
自慢の弟だよ、と、兄は自分自身を勇気づけるように僕の頭をなで、額にキスしてくれた。
「ほらほら、よい子はねんねの時間だぞぉ」
「…そこまでよしよししなくたっていい」
近づいて分かった。少し無理をしているかのような兄の疲れた笑顔。ベッドに僕を引き込み、小さいころしてくれたように僕の肩を抱く。多分無意識にやっているんだろう
。本人は早速目を閉じている。僕も眼鏡をはずし、兄の胸にすりつくようにしてベッドの中に入った。
とくん、とくん、と聞こえる兄の鼓動。幼い時、聖書の言葉におびえたときは、いつも兄や父がこうして胸の音を聞かせてくれていた。
「はぁ…」
ぎゅ、と兄の寝具を握り、涙をこらえる。僕は明日、何が起こるのか知っている。僕の異様な雰囲気に気がついたのか、兄は目を覚まし、ほら、と、僕を抱きしめた。
「大丈夫だ。おにーやんがサタンもデーモンも、みぃんな追っ払ってやるから」
安心して眠っていいんだぞ。無言で兄は僕に語りかける。
そうじゃない。僕が悲しんでいるのは、貴方がサタンと罪人の違いが分かっていないからだ。僕が、貴方と同じ世界に立ってしまったことだ―――。
※
深夜、一度僕は目を覚ました。兄は僕から離れ、ぐうぐうとよく眠っている。そっと顔をこちらに向けると、結構安らいだ顔をして眠っている。疲れてはいるようだが、良
質な睡眠はとれているらしい。
「兄さん…」
眠る兄に、僕も口づける。おそらくこれを最後に、僕たちは今後触れ合うことさえできないだろう。
「兄さん…ごめん」
真っ暗な中、兄の顔の輪郭をなぞる。名残惜しくて、もう一度キスをした。考えてみれば僕は、兄や父には有り余るほどのキスをもらっていたが、僕からは挨拶やお返しく
らいにしかキスをしたことがない。自発的にするには、兄も父もあまりに遠くて、僕は二人に教えられたり与えられたりしたものの処理をするのに精いっぱいだったからだ。
僕は兄の頬にキスをし、もし起きていたら聞こえるように言った。
「兄さん…愛している」
でも僕は、真理より大事なものなんて、与えられていないんだ―――。
END
昔のブログから再録。
宗派が分かれる喜びと悲しみ。 -
夜の二度にわたる御降誕(ごこうたん)のミサを終わらせ、俺は信徒ホールに急いだ。いつもアルバで済ませているので、久しぶりに着たキャソックはどこか窮屈だ。
「クリスマスおめでとうございます」
口々に聞こえる楽しげな信者達の中に、ふと親父の姿を見かけ、俺は驚いて駆け寄る。親父は信者の若い女性達に囲まれ談笑していた。俺が慌てて駆け寄ったので、彼女達は驚いて一歩引いた。どうやら彼が特別な扱いを受ける存在だと気付いたらしい。
「親父! マーティンちに行ってたんじゃないんじゃないのか!?」
「ん? 昼間は行ってたよ。マーティンちはちびっこが沢山だったからな。夕方にパーティが終わって、一足先に俺だけ来たの。お前の式次第ちゃんと見てたぜ」
「そーゆうこと言ってるんじゃ…。待て! 今、『一足先に』って言った?」
「うん」
「ってことは、マーティン、一家で来るのか!?」
「マーティンだけじゃないぞ。お前に好意的な連中は皆来るよ。俺が直談判した」
「…………………」
ずぅぅぅぅぅぅん…。
嬉しいのか悲しいのか分からない。しかし俺は確かに打ちひしがれていた。
まあ、親父の気持ちは嬉しい。クリスマスは復活祭の次の次(※1)に盛り上がる行事だ。そんな日くらい、日ごとの雑務で上手くたちまわれない面子と笑いあいたい。
「コニーは来るのか?」
「コニー? ああ、あいつは今日暇な筈(※2)だからな、もう来るんじゃないか?」
「他に誰が来る? ジャネット…は、来る筈ねえな。メソジストも来ねえか?」
「メソジストはどうだろうね。ただ、バプテストはホーリネスやベリーと一緒に来るって言ってたよ」
「なんだって!? あいつらも来るの!?」
「そ。ベリーは女王陛下とクリスマスを祝ってすぐに来るって言うから、少し遅れるだろうな」
「そうじゃなくって!」
親父自ら動いたことは相当に効いたらしい。ふだん来ないような面子が(決して仲が悪いわけではない)来ると言うのだから、急いで信者の作ったケーキやスープを取りに行く。些細なことで不機嫌にさせたくはないし、一応俺は長兄だし。弟妹は気遣ってやらなくては。
「兄上様、なにそんなにがっついてんの?」
「うぉっ!」
一つの更に何枚もケーキを乗せていると、後ろから声をかけられた。振り向くとやっぱり。双子の弟のコンスタンティンだった。
「ほら、うちで売ってるパン持ってきたよ」
「お、おう」
「んで、そのケーキは食べても良いの?」
「お、おう」
ケーキとパンを交換すると、コンスタンティンは無表情でそれを食べた。自分が作ったわけでもないのに、反応を窺ってしまう。
「ん、美味しい」
「そ、そうか」
「そっちのお稲荷さんも食べたい」
「お、おう、好きなだけ食え。かんぴょう巻きもあるぞ」
紙皿と割り箸を渡し、辺りを見回してジュースも適当につけてやる。コンスタンティンを物珍しそうに見ている信者の子供が何人かいたので、相手をさせようと此方へ呼び寄せた。
「この人、誰?」
「ワタシの弟」
「兄上様でも、自分の事ワタシなんて言うんだ」
「どこから来たの?」
「矢追ハリストス教会だよ。見たことないかな、玉ねぎみたいな形のお屋根の教会」
「お前も人の事言えねえだろコニー」
ぼそ、と言い返したが、コンスタンティンは無視した。俺はまだ挨拶をしきっていない。そっとホールを出て、庭へ移動する。何人かの信者が親戚や友人を連れて来ていたが、恐らく彼らは入信しないだろう。
と、キ、と車が止まった。ミサも終わって、今頃ついているのだ。何となく誰が来たのかは予想がついた。
しかし迎えに行くと、意外な人物だった。
「め、メソジスト!?」
「…………どうも」
逞しい身体にスーツを纏い、マーティンの兄弟は少し緊張気味できょろきょろしながら俺に挨拶した。そしてブスッとしたまま差し入れらしい包みを差し出した。
「まあ、お父さんにクリスマスくらい皆で祝おうって言われたから…」
「ああ…嬉しいよ、まあ寒いからホールにどうぞ。ミネストローネがある」
「えと…ありがとう」
メソジストとは福祉に力を入れている点で共通点があるが、どうも几帳面なメソジストとフリーダムな俺とでは釣り合わないらしく、敵対こそしていないが特に関わってはいなかった。ルーテルの兄弟だから、悪い子ではない。
ホールに戻ると、俺のいない間に勝手知ったる様子で信者の子供の中に紛れ込んでいる奴がいた。
「あ! お兄ちゃん! メリーメリークリスマス!」
ぴょん、と飛びついてくるのは、メソジストの妹、ホーリネス。この前、彼女の家のコーヒーブレイクにお邪魔した。
「メリークリスマス、よく来たね。一人?」
「ううん、今トイレに行ってるけど、ペンテコステも連れてきたよ」
「…………へ、へえ、そう」
なんだ、今年のクリスマスは。ペンテコステまで来たって? なんて奇妙なんだ。またミサで余計なもの(※3)が見えていなければいいが…。
「…あ、ローマン」
噂をすれば何とやら。ペンテコステがホールに戻ってきた。相変わらず不思議な子だ。
「いい礼拝だったみたいだね。聖霊様が嬉しそうに飛び跳ねてるよ」
「へ、へえ…そう。ありがとう…?」
こいつの世界観はまだ慣れない。
「ローマン、外に行ってみな。お客人だよ」
「…!」
残っているのは、バプテストとカンタベリー、ルーテル、カルヴァン、そしてマーティンだ。大急ぎで迎えに行く。みな交流が深い。大急ぎで行くと、何と一度に二人も来ていた。
「メリークリスマス!」
「ルーテル! カルヴァン! よく来たね、メリークリスマス!」
「入祭(にゅうさい)の歌は『久しく待ちにし』だったんですって? 間に合えばよかったのに」
「ボクも都合がつかなくて…」
「いいんだよ。まだ祝賀会の御馳走は残ってるはずだから、食べてって。ツヴィンクリにはミルクでいいんだよね?」
「うん、ありがとう」
「マーティン兄弟はまだ来てないの?」
「ああ…まあ、あいつも忙しいからなあ」
カンタベリーとマーティンはまだ来ていない。祝賀会の御馳走は最低限ストックしたが、間に合えばいいんだが…。
「…ああ、ローマン兄弟、一人つきましたよ」
ほら、と、カルヴァンが指差す。タクシーの運転手に手を取られ、車から降りたのは、俺の妹だった。あっと俺とあいつの目線はすぐに勝ちあい、大手に手を振り、カンタベリーが走って来た。
「メリークリスマス! 遅れてごめんなさい兄様。はい、お土産」
どさ、と渡されたのは、特大の七面鳥。まるまる太った七面鳥はもう冷たいが、十分美味しそうな重さだ。
「どうせ祝賀会だけで満足できない面子がいるでしょう? 後で司祭館で食べればいいわ」
「あはは、俺の冷蔵庫にワインが沢山あるの分かってるな」
「あら、ワインとは大人しいわね。バーボンかと思ったわ」
「お前に合わせてスコッチもあるぜ」
「あら」
クスクス、とカンタベリーは笑った。そしてふと、会場にある姿がない事に気がつく。
「マーティンは?」
「ああ…」
「…来て、いないの?」
「…………。まあ、あいつは忙しいから」
来なくても仕方ないよ、と、無理に笑って見せた。
本当は、一番に来てほしかったのだけれども、あいつもプロテスタントを纏める立場だし、総称というものは時にその存在の意義を狂わせるものだから、我儘は言わない。
「きっと来るわ」
「来ないよ、きっと」
あいつには、妻も、姑も、子どももいるんだから。
そう言おうとした時、キキキキキーッ!! と、派手な音がして、自転車が止まった。なんだなんだと信者達がざわつく。
…まさか? …ああ、そのまさかだ!
「ぜぇー…はぁー…ぜぇー…め、メリー…クリスマス…兄さん」
「…マーティン…どうしたんだよ」
「せ、説得して、て…」
「説得?」
その時、ひょこ、と、有り得ない人物が顔をのぞかせた。まるでお化け屋敷に入ったかのように、マーティンのズボンにしがみついている。
「ようこそ。来てくれてうれしいよ…。…………ジャネット」
来たれ友よ 全ての友
喜び集え ベトレヘムに
御使いの王なる御子を
来たれ拝まん 来たれ拝まん
来たれよ拝まん 我が主を
(※1)カトリックで盛り上げるのは、御復活祭→御こうげん→クリスマスの順。日付けが分からないことからも分かるように、実はクリスマスってあまり位置高くない。
(※2)西方教会と東方教会では、教会暦が違う。その為、クリスマスや復活祭なども日付けがズレている。ちなみに東方教会のクリスマスは一月。
(※3)ペンテコステ派(聖霊派)はテンションが上がると、この世のものじゃない色んなものが見えたり聞こえたりしてしまう。ちなみに宗派としてはカトリックとはそれほど仲は悪くないが、パウラの周りの信者は割と嫌っている人が多い。
や、確かにジャネットちゃんはクリスマス嫌いだけど。全ての友って書いてあるしいいかなって…(よくねえわ)
ちなみに作中の料理の名前は本日の祝賀会のメニュー。苺のショートケーキじゃなくて、ローマンくんの仲間の手作りフルーツケーキが出るよ! あとお赤飯もあるよ! だっておめでたい席だもん!
そりではみなさん御一緒に!
メリークリスマス!